僕のYak Shavingは終わらない

車輪の再発明をやめたらそこには壮大なYakの群れが

あえて不安定なものを望む

変わらない生活はプライスレスなわけだけど、形骸化してしまい乾燥して枯れてしまったものに再び水を撒く作業もしなければいつか全体が砂漠になってしまう。

変わらないことは素敵だけど、自分は永遠に生きることはできないし、人間である以上、生物である以上変わらないで生き続けることはできない。

老いるというメカニズムが遺伝子に組み込まれているのは進化するという動機があるからで、変わることをやめた人間はきっともう生きていないのだと。

極端な話自分は極端であることを望むし、極端に行こうとしないでよくわからない場所で止まっているのがつらい。

そんなことを言いながらも自分には天才的な何かはないし、常に最高を望みつつも果たせないことがたくさんある。

それでも上を向いていたいと思うことに疑いはないし、これからもそうやって生きていきたいし、そういう場所にいるべき。



だからあえて安定なものを不安定にする。

同じ事の繰り返しの中にあるインプロビゼーションを信じているし、同じ事をやっていても同じにならないことが普通だと信じているから。

そして動きまわること、試すこと以外に答えが求まらないことを知っているから。