僕のYak Shavingは終わらない

車輪の再発明をやめたらそこには壮大なYakの群れが

昔の記憶と 1

人格を創るのは身体的な体験であるように、自分を形作った身体的な経験、過去ってなんだったかなぁって振り返ってみる。

小学校…四角錐の体積が底面と高さが同じ四角柱の体積の1/3になることを証明するときに、3つの四角錐の模型をつくって変形合体できるようにして授業中に先生に見せて度肝を抜かせたことがある。

証明の時間に頭の中で3つの四角錐を組み合わせたらできたので「先生できた」って言って「ここをこうして変形すると…」とか言って説明したんだけど全然理解してくれなくてしょうがないからその家に帰ってから厚紙で模型をつくった。

次の日の算数の授業でおもむろにその模型を取り出して見せたら、それを見た先生が驚いてさらにネタ的に面白いと思ったらしく、みんなで四角錐の体積を証明するためのワークショップが計画された。みんな思い思いの方法で四角錐の体積の計算式を証明した。

みんなは班にわかれていたけど自分はすでに証明終わっていたので一人だった。一人でブースをつくってそこに来た人達に説明した。

3秒で合体変形できたら自分の証明が一番早かったと思う。

人に教えることよりも誰とも違うんだって思えることが嬉しかった。

この日からしばらく数学が好きな自分が続く。

中学校…自分が数学が好きなことが相まってよく人に教えていた。クラスに天才はいたしそいつには勝てないけど数学を教えた数なら自分の方が多かったと思う。

数学って簡単なもの程「そういうものだから」って思った人が一番点数がいいんだけど自分は馬鹿だから丁寧に一つ一つ理解して行かないとわからなかった。でもそのお陰で人に説明する力がついた気がする。

高校…自分の力量を知る。数学は自分の中では得意だったけどやっぱり天才には勝てない。天才といっても中学校の時ほどの天才はフィルタリングされてていないから俺よりも常に20%くらい上に行っている程度の人しか学年にいなかった。

好きだった後輩が数学が苦手でテスト週間のときに音楽室の黒板で数学を教えたりしていた(え、何この青春)。

やがて受験が始まったが受験数学が全然解けないことに気づいた。数学と言えど公式とか教科書の天下り的な解放とか覚えてないと解けないということがわかった。数学のなのに覚えないといけないなんてって思って、そこから「数学が得意な自分」を取り戻すためにたくさん暗記をした。

そしたら数学の点数がどんどん悪くなっていった。なんでだろう?その時はそう思っていた。

自分の中の数学が崩れてしまった。とても苦しかった。

受験は敗退したけどなんとか国立大学に潜り込んだ。。。



つづく。