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僕のYak Shavingは終わらない

車輪の再発明をやめたらそこには壮大なYakの群れが

ノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュという概念を初めて知ったのはいつだっただろう? 高校のときの倫理の時間だったかもしれない。いや、ロンドンに卒業旅行に行ったときだったかもしれない。それよか東のエデンを見た時かもしれない。

いつかは忘れたけど、自分が覚えているのは「持てる者の義務」「王は国民に家や農地を分け与える」「王は自分の持つものすごい高価な絵を売って、そのお金で民のために下水工事をした」などだ。

自分は当然”王”じゃないし、全然”持っている”わけではない。

それでも地球上のどんな人も遭遇したことがないであろうことに遭遇することはある。そしてそれを工夫して解決したこともあると思う。そしてそれをブログに書いたことも。

この行為がノブレス・オブリージュだと言うつもりはないけど、ノブレス・オブリージュ「的」だと思ってはいいと思う。

自分は自分がした経験は他の人にどんどん共有していいと思っている。

たぶん自分だけが困っていて、それを解決した。

どんな人だって少なからずあると思う。世界に自分1人しかこんなことで困ってないだろうなぁみたいなことに遭遇したことが。

世の中で出会う問題の99%くらいは大抵他の人が先に遭遇していて、解決方法をブログに書いてくれている。でも残りの1%は自分だけが世界で初めて解決した可能性がある。そうじゃないかもしれないけど、そうかもしれない。少なくともググッても見つからない。だからそうだと思っておこう。

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世界に1人だけ自分だけが困っていること、そしてその解決方法を知っている、って書くとかっこいい。でも内容は造作もないことだったりする。

あるビルの裏口の開け方のコツかもしれない。 近くのコインランドリーの一番空いている時間帯かもしれない。 WinユーザーがコピペしてくるNASのPathをMacでも快適に使えるように置換する方法かもしれない。 ある時期にあまり気づかれてなかったVimのSnippetの有用さかもしれない。 各IT企業のノベルティーシールの剥がしづらさかもしれない。 Vimバイナリ置換をするためのワンライナーかもしれない。 長岡花火をgifアニにすると氣持ちいとかそういうことかもしれない。 IoT製品をつくるときのWebからハードまでの設計の勘所かもしれない。

なんだっていいけど、世界中の誰だって一度だって考えたことがないことを、自分が世界で初めて考えている可能性がある(そうじゃない可能性も当然ある)。

それを自分だけの中で閉じるか?外に出して知見を共有するか?

自分は共有したいと思っている。その瞬間に世界の経験値の総和が0.0001でも増えるかもしれない。天才たちが1時間に世界の経験値を100上げているかもしれなくても、自分はその0.0001に意味があると思っている。世界の人口が70億人いるなら、全員が0.0001出し合えば70万の経験値になる。

天才たちが「あ、これ知らなかったらもっと時間がかかっていたよ、ありがとう」と思うかもしれない。

そういうのでもいい。

自分は天才じゃなかったけど、人類の進化には貢献したい。

誰だって人に説明すれば「それ知りたかった!」ということを持っていると思っている。

でもそれを表に出す人は自分の観測範囲だとあんまりいない。

自分も忙しいとやれなくなってしまう。

それでもたまにどんなに小さい記事でも書くのは、それによって0.0001でも助かる人がいるかもしれないから。

たまに「ググッて解決したと思ったらkazuphの記事だった」と言われることがある。

それは正直に嬉しい。自己承認欲求を満たしているだけかもしれない。

それでも、その人が無駄にするはずだった3分なり、1時間なりをなかったことにできたなら、多分意味があることだったと思う。

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昔は土地を分け与えたえるなんてどんな人でもできることじゃなかったけど、 今は知識でそれができる。

ノブレス・オブリージュ

自分が新しいことに挑戦して成功しても失敗しても、何かしら世界の経験値に貢献できるように、それを続けていきたい。

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