アンコントローラブル案::コントロールにできないものを扱おうとするときに本気が出る
本気ってなにかなぁと思ってたらとりあえずこの考えに遭遇した。
自分が「できるなぁ」と思っていることは、できると思っているので本気を出さない。
自分が「できるなぁ」って思うことってつまり自分が過去にコントロールしたことのあることや、別の経験からコントロールできてる想像のつくことじゃないかと。
じゃあ単純にアンコントローラブルなことだったらいいのかと言えばそうじゃない。
たとえば「上司」とか「文化」とか「ルール」とか「法律」とかって基本的に変わらないものであるからアンコトローラブルでもあるんだけどそういうものを変えようとするのって正直放ったエネルギーの割りに見返りが0しかない。
そういうものじゃなくて100万ユーザーに使ってもらえるiPhoneアプリを開発するとか、大人数での開発をマネジメント未経験の状態から挑戦するとか、YAPCで発表してみるとかの「今まで自分がやったことがないので舵をどうとったらいいかわからない」みたいなアンコントローラブルなものをやろうとしたときに人間って本気出すんじゃないかなぁ(全部やったことないけど)。
想像できないことをやる、アンコントローラブルならことをやる、自分の能力の上限にあるものをやる。
そういうことに挑戦してなきゃ本気を出せない。
そんなことを去年の年末に考えてみた。